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東京地方裁判所 昭和24年(行)82号 判決 1949年12月19日

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は、原告等の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は「被告が昭和二十三年七月三十一日政令第二百一号『昭和二十三年七月二十二日附内閣総理大臣宛連合国最高司令官書簡に基く臨時措置に関する政令』を制定した行為は、これを取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、左の通り陳述した。

原告等各労働組合は、国または地方公共団体の職員の地位ある労働者をもつて組織せられた労働組合であり、原告鶴岡信三は、東京工業大学助教授、原告伊井彌四郎は、運輸省東京鉄道局新橋管理部事務官、原告鈴木市蔵は、同鉄道局品川検車区技官、原告堺次喜知は、同省新潟鉄道局長野機関区技官、原告小林一は、同省鉄道総局職員局運輸事務官としてそれぞれ公務員の地位にある労働者であつて、いずれも憲法に保障された基本的人権である団結権、団体交渉権及び団体行動を行う権利を具体的に保有する勤労者またはその団体である。ところが被告内閣は、昭和二十三年七月三十一日昭和二十年勅令第五百四十二号「ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件」に基き、昭和二十三年政令第二百一号「昭和二十三年七月二十日附内閣総理大臣宛連合国最高司令官書簡に基く臨時措置に関する政令」を制定し、原告等の前記基本的人権を侵害する行為を行つた。

しかしながら、右政令第二百一号は、次に述べる通り、形式的にも実質的にも憲法に違反する政令であるから、このような政令は、法令というべきものでなく、その制定行為は単なる違法の行政処分にすぎない。

まず、右政令第二百一号が形式の面から違憲であることを述べる。

一、わが国は、目下連合国の管理下におかれているが、連合国の日本管理の法式は、周知のように、日本国政府機関が占領政策を満足に行わないと認められる場合以外は、日本国政府を通じて行われるのであり、日本国政府がわが国を統治するには、連合軍の勧告と指導によつて制定せられた憲法によることになつている。したがつて日本国政府が憲法に忠実に従うことが連合軍の占領政策に忠実なるゆえんであり、また、憲法に違反する連合軍の占領政策がありえないことを考えるときは、日本国政府、議会、裁判所は、ともに憲法に従えばよく、また憲法に従う義務があるわけである。そして連合軍が占領政策上直接わが国に命令する場合だけが、国内法外の問題となるのであるから、右の勅令第五百四十二号も政令第二百一号も国内法上の問題として違憲かどうかを考えねばならない。このような建前からすれば、右政令第二百一号は、その基本となつている右勅令第五百四十二号が、次の通り新憲法下その効力を有しないのであるから、右政令第二百一号も無効である。すなわち、

(1)  憲法第四十一条によれば、国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関であるから、新憲法施行と同時に、憲法第九十八条第一項により、法律事項を定めた勅令その他の命令は、その効力を失つたのである。

(2)  しかるに、旧憲法時代の国会は、新憲法実施の直前に、昭和二十二年法律第七十二号「日本国憲法施行の際現に効力を有する命令の規定の効力等に関する法律」を制定して、暫定的な措置として法律で規定すべき事項を定めた命令は、同年十二月三十一日まで、その効力を有することを定めた。しかし、このように概括的に、本来新憲法下では当然その効力を失うはずの命令について、新憲法実施後もその効力を持続させようとする右の法律第七十二号自体か、新憲法の精神に反し、新憲法下では、その効力を有しないものといわねばならぬ。

(3)  かりに、右法律第四十二号が有効な法律であるとしても、法律第七十二号によつてその効力を延長さすことのできるものは、新憲法に牴触しない事項を定めた命令に限られ、右勅令第五百四十二号のような、憲法を無視する命令の効力を延長することはできないのであつて、右勅令は、法律第七十二号の適用外の命令である。

(4)  さらにかりに、右勅令第五百四十二号が右法律第七十二号によつて、新憲法下に延長せられたとしても、同法律によつて、この勅令は、昭和二十二年十二月三十一日かぎり効力を失つたものである。

なお法律第七十二号の「一部を改正する法律」である昭和二十二年法律第二百四十四号第二条の二は、「前項の規定は、昭和二十年勅令第五百四十二号に基き発せられた命令の効力に影響を及ぼすものではない。」としているが、これは、右勅令に基いて、すでに発せられた命令については、国会でもその内容が明らかになつているので、便宜上その効力を失わすものでないことを注意的に規定したものにすぎず、この規定から、子の命令が生きているから親の命令である右勅令第五百四十二号も生きているのだ、との飛躍は許されない。

(5)  右勅令第五百四十二号は、緊急勅令であるから、旧憲法下では、法律と同一の効力を有したのであるが、議会の承認によつて法律となつたものではなく、依然として緊急勅令である。したがつて右勅令は、法律事項を規定した命令であるから、当然に新憲法下にその効力を持続するものではない。

(6)  かりに、右勅令が法律と同視せられるものであつたとしても、このような憲法に牴触するものは、憲法第九十八条第一項により新憲法実施と同時に失効したものである。

(7)  なお、わが国は、降伏文書の定める降伏条項の実施に関する連合国最高司令官の要求があれば、迅速かつ誠実にこれを履行することを要するために、急速に所要の法規を設けることが要請され、到底いちいち国会の議決を経る手続をとることが不可能であるとするならば、憲法を改正して右の勅令のような規定を憲法中に挿入すべきである。連合軍によつて勧告され、指導された憲法のなかに、このような規定がないのは、連合軍が右勅令のような規定の必要を認めていない証拠であろう。

二、かりに、右勅令第五百四十二号が今日なおその効力を持続しているとしても、前記政令第二百一号は、右勅令の要求する条件をみたしていないから、憲法に違反する。すなわち、

(1)  右勅令に基く命令は、「連合国最高司令官のなす要求に係る事項を実施する」場合でなければならない。しかるに、前記のマツクアーサー元帥の書簡は、その書簡自体をみるも、またその後シーボルト議長の対日理事会における発言をみても、その他一般識者の見解をみても、要求ではなく示唆であり、勧告であることは明らかである。しかるに、被告だけが原告等を弾圧することは違法である。

(2)  右勅令第五百四十二号に「特に必要ある場合」というのは、国会を召集するいとまのないほどの緊急を要する場合をいうことが明らかである。ところが、右書簡がでたのは、昭和二十三年七月二十二日であり、当時原告等が労働関係調整法により、対政府関係において争議権を獲得するのは、同年八月七日であつた。従来の例によれば、原告等は、争議権を獲得したからといつて直ちに争議行為にでないで、その後さらに交渉に交渉を重ねた上で、争議行為にでるかどうかをきめていたのである。このような点からいつて、被告は、右書簡の内容を実現するために、国会を召集して十分審議する余裕があつたものというべきで、右政令を制定するについて特に必要ある場合であつたとはいゝえないから、右政令の制定は違法である。

次に、右政令第二百一号がその実質において、違憲であることを述べる。

憲法第二十五条の保障する国民権の生存権を実現するための規定であつて、このような生存権に基礎をおく基本的権利は、公共の福祉の理由で制限することができない。けだし生存権をおびやかすことほど公共の福祉に反することはないからである。だから、憲法第二十八条には、第二十九条のようにただしがきをつけなかつたのである。また公務員は、官公吏としての地位にもとづく権利義務もあるが、同時に国家または公共団体との間に雇傭関係かあるのであるから、憲法第二十八条にいう勤労者であることには異論ない。なおマックアーサー元帥の前記書簡では、ルーズヴエルトの「自ら支持を誓つた政府を痳痺せしめんと企図するような行為は、想像しえないものであると同時に、許しえないものである。」といつているように、政府を支持することを誓つてその地位につくものの争議行為を許しえないとするのであつて、何人でもかわつてなしうるような事務をする下級官吏の生存権確立のための争議権を許しえないのではない。だから、公共の福祉のために争議権禁止の必要があるとすれば、これは少くとも課長以上の高級官公吏である。いわんや全逓、国鉄、その他の現業においておやである。そして課長、局長級以上の高級官吏は、官僚陣をかたちずくり、わが国の官公署の民主化をさまたげているのであるから、マツクアーサー元帥の前記書簡のなかにある、「旧官僚制度の種々の弊害を是正する」ためには、どうしても、下級官吏や現業労働者に、団結権と争議権を裏づけとする団体交渉権をあたえる必要があるのであり、これをあたえることが、我が国の現実としては公共の福祉に適合するのである、しかるに政府は、マツクアーサー元帥の書簡の内容を故意に曲解して、単に形式上公務員であるということで、現業の争議権までも奪つているのである。

なお、極東委員会の「日本労働組合の十六原則」の(一)は、「日本の労働者が労働条件を保護改善し、この目的をもつて労資の交渉に参加し、また平和的、民主的日本の建設に団体として参加することは勿論、労働者として、正当なる労働組合の利益を増進する目的をもつて、労働組合を組織することを奨励する。」とあり、(二)は、「労働組合及びその組合員が組合を組織する権利は、法律を以て保障し保護する。以下略)」とあり、(四)は、「日本政府は、労働者または労働者代表と雇主との間の直接かつ任意の交渉によつて、解決出来ない労資の争議を処理するため調停および仲裁機関を設立する。(以下略)」とあり、(五)は、「罷業その他の作業停止は、占領軍当局が直接占領軍の目的乃至必要に不利益をもたらすと考えた場合のみ禁止される。」とある。この原則のなかの労働者または労働組合のなかには、公務員または公務員労働組合を含むことは、対日理事会における英代表の発言からみても明らかである。また(五)の「作業停止の禁止」は、直接占領軍に不利益をもたらす場合に、占領軍が直接に禁止することである。政令第二〇一号は、憲法に違反するのみならず、この十六原則にも違反している。政令は、法規であるけれども、議会の決議によるものではなく、内閣が行政処分または行政行為として制定し公布するものであるから、行政事件訴訟特例法第一条によつて、その取消しまたは変更を求め得るものである。この場合、政令制定の行政処分と政令とは、表裏一体をなす関係にあるから、行政処分の取消しは、同時に、政令の効力を失わしめるものである。そして、原告等は前述したように、この政令によつて権利を侵害されたものであるから、右政令の取消しを求めるものである、と陳述し、

なお、被告訴訟代理人として、法務府職員が指定せられているのは、違法かつ不当である。すなわち、被告内閣は、行政庁であるから「国の利害に関係のある訴訟についての法務総裁の権限等に関する法律」第五条の規定によつて、被告指定代理人は、被告内閣かその庁員のうちからこれを指定するのを原則とし、法務総裁がその所部の職員からこれを指定するのは、同法第六条第二項に完める通り、法務総裁が「必要があると認めるとき」に限られている。本件訴訟では、被告代理人に法務府職員を指定する必要性がないから、その指定は違法である。のみならず法務総裁の代理人指定権が濫用されて、裁判官を属僚ないし友人扱いする法務府職員が被告訴訟代理人に指定せられていることは、裁判干渉または情実裁判の意図を疑わしめるから、不当である。と述べ、

被告の答弁に対して、次の通り述べた。

一、本件は、具体的事件に関する法律上の争訟である。

(1)  すべて行政権の行使は、それが法規制定のかたちでなされても、それは一個の行政行為ないし行政処分であるから、前記政令の制定は、明白に行政行為である。被告は、右政令の制定は、抽象的な不特定多数の公務員を対象とするもので、特定の者に対するものでないから、行政庁の処分ではなく、行政庁の立法行為であつて、裁判所は、これを取り消す権限はないと主張するが、たとえば、警視庁が法規に基き道路に通行止の掲示をした場合に、まさしく不特定多数の通行者を対象とするものであつても、これが一個の行政処分であることは、誰しも異論がないところであり、かかる処分が違法であるときは、裁判所に具体的事件として、その処分の救済を求めうることは疑がない。右政令の制定も、この通行止の掲示と何等の差等のあるべきいわれかない。なお、憲法第四十一条によつて明らかなように、国の唯一の立法機関は国会であつて、行政庁には本来何等の立法権もない。被告の主張は、行政権に立法行為の権限を認めるものて、三権分立の本義に反する。

(2)  右政令の制定は、被告が職権を濫用して、憲法が保障する原告等の墓本的人権である団結権、団体交渉権、争議権を剥奪または制限するという特定の目的をもつたものであつて、被告は、行政立法の形式をとつて、左に述べる通り、原告の具体的な団体交渉、争議を直接に抑圧し、労働者たる原告等の利益を侵害したのであるから実質的に具体的事件である。

(イ)  右政令の制定によつて昭和二十三年七月頃、原告全国官庁職員労働組合協議会と政府この間に行われていた中央労働委員会における調停が打切られ、そのため原告等は、当時要求していた五千二百円べースその他の要求を拒否されて、回復することのできない損害をうけた。

(ロ)  右政令の制定によつて、原告等は、政府に対する団体交渉権を奪われた。官公吏は、従来も賃金比率において、民間労働者にも及ぼなかつたのであるが、団体交渉権の剥奪は官公吏の生活を極度に低下させることとなり、その家計の赤字増大の比率が著しいことは、統計の示すところである。

(ハ)  政府が一方的にきめた職階制による格下げのために、賃金の再計算をすることになり、いわゆる年末調整のために、昭和二十四年一月分の賃金をさしひかれ、その生存権をおびやかし、官公吏や官業労働者のなかから、発狂者や自殺者をだすに至つた。

(ニ)  政府は、一方的に労働基準法を無視して、官公吏に四十八時間制を強要したため、官公吏の多くは、過重労働となり、病気になるものが絶えず轢死したものさえある。

(ホ)  政府は右政令によつて、団体協約を一方的に破棄した。そのため、団体協約に保障された原告等のすべての権利を奪われた。

(ヘ)  右政令によつて、原告等組合所属の多数組合員が職場離脱を理由に検挙投獄せられ、免職その他の不当な懲戒をうけた。

このような不当処分をうけたものは、全逓信労働組合関係だけでも六百六十余名に達しているのであつて、多数の労働者が短期間にこのように検挙投獄、懲戒せられたことは、昭和初年の治安維持法による弾圧以上である。

二、本件争訟は、具体的事件に関するものでないとしても、司法権の対象となる。

被告が、三権分立の下においては、司法権は、具体的事件についてのみ裁判する権限であるというのは、新憲法の下では何等の根拠のない独断である。もしそうだとするならば、憲法第七十六条の規定が存するだけで十分であつて、とくに第八十一条の規定を設けた趣旨は没却されることになる。このほか、憲法第九十八条及び第九十九条の規定との関連からしても、第八十一条の趣旨は、憲法に適合しない行政権および立法権の行使を一般的に無効と判定し、その取消をなすことによつて、憲法の実効性を保障する権限を裁判所に与えた法意と解せざるを得ない。アメリカの憲法には裁判所の権限は、「事件及び争訟」に関して存するとの明文があるため、その解釈として、裁判権は、具体的事件にかぎるという説が生ずるのは当然であるが、これと類似の規定であるわが裁判所法第三条の規定からは同じ解釈は出てこない、すなわち、違憲法令審査権についての憲法第八十一条の規定は、裁判所法第三条にいう「日本国憲法に特別の定のある場合」に該当するものであるから、裁判所の裁判権は、たんに具体的事件のみに限定される筋合ではない。そしてかかる意味の裁判権は、下級裁判所にも存すると解するのであるが、かりにそうでないとしても、本件訴は、最高裁判所に移送されるにとどまる。被告の主張が誤りであることはアメリカにおけるかの「宣言的判決」の制度にかんがみても明白である。

これを要するに、右政令制定の結果、基本的人権その他の利益が不当に侵害されていることは、さきに述べた通りであつて、これらの不利益は、右政令の直接的反射的効果であり、したがつて右の基本的人権を回複する具体的手段としては、右政令取消を求める以外にない、かかる場合には、憲法第十一条第十二条前段、第九十七条、第九十八条及び第三十二条の法意に照し、原告等の請求が、憲法の要請する裁判所の本来の使命の対照とならない筈がないのである。と述べた。

被告指定代理人は、主文と同じ趣旨の判決を求め、次の通り答弁した。

本件訴は、以下述べる通り、具体的事件に関する争訟でないから不適法である。

およそ三権分立の下においては、司法権は、争いのある具体的事件、すなわち、特定の権利または法律関係を訴訟物とする事件に対し、抽象的かつ観念的な規範である憲法、法律、政令その他の法規を適用して、これを裁判する権限であり、憲法第七十六条第一項にいう司法権も、正にこの意味である。裁判所法第三条第一項が「裁判所は、日本国憲法に特別の定のある場合を除いて、一切の法律上の争訟を裁判する。」というのも、具体的事件に関しない単なる抽象的または仮定的な法律上の争訟を裁判するということではなく、具体的事件があつて、これに対して憲法、法律、政令その他の法規を適用して判断されるべき争訟、すなわち、具体的事件に関する法律上の争訟を裁判するということである。

司法権が以上の如き権限である以上、日本国憲法第八十一条に対して適用される場合において、始めて、その具体的事件に対する裁判を通じて行われるものであつて、具体的事件を離れ、単に抽象的または仮定的に行われるものではない。したがつて、また裁判所は、法律が憲法に違反すると判断した場合においても、判決主文において、法律の無効宣言または取消をするのではなく、判決理由において、法律の憲法違反であることを判断し、この法律の当該具体的事件への適用を拒否し、判決主文においては、その法律の適用された具体的な法律関係、または法律行為の無効宣言、または取消をするものである。行政庁の行う行為(法律の委任に基く場合を含む。)が、政令、省令等の形式をもつて、規範を制定するもの(所謂立法行為)である場合には、その規範の合憲性について裁判所の有する権限も、法律について述べたところと全く同一である。以上の如く、司法権の違憲法規審査権が無制限でないことは、三権分立の下における司法権が具体的事件に法規を解釈適用する権限であることから生ずる当然の帰結である。

しかるに、本件において、原告等の主張するところは、昭和二十三年政令第二百一号が具体的に適用され、その具体的事件に対する訴訟を通じて、右政令が違憲であると主張するのではなく、具体的事件とは無関係に、右政令が違憲であると主張し、かつ、右政令を適用した具体的法律行為の取消を求めるのではなく、直ちに右政令の制定行為自体の取消を求めるものである。したがつて、裁判所は上に述べたところから明かなように、この政令の制定行為を取り消す権限を有しない。この政令によつて、原告等が発生したと主張する民事または、行政事件については、その個々の事件における特定の権利または法律関係を、訴訟物として訴を提起することができるのであつて、かくして提起された事件は、具体的事件であるから、この具体的事件において、右政令の合憲性についての主張をすべきである。また原告等の主張する刑事々件については、その被告事件において、右政令の合憲性についての主張をすべきである。かくして始めて右政令の合憲性が裁判所の判断の対象となるのである。

三、右政令第二百一号の制定行為は、以下述べる通り、行政庁の処分ではないから、裁判所は、この制令の制定行為を取り消す権限を有しない。

行政庁の行う行為には、法律行為(準法律行為も含む)と事実行為とがあり、さらに法律行為には、公法上の行為と私法上の行為とがあり、さらにまた、公法上の行為には、立法行為、行政処分、行政上の管理行為等がある。しかして、行政庁の行う行為が立法行為であるか行政処分であるかは、原則として、行政庁の行う公法上の行為が不特定の団体、個人等不特定の者に対するものであるか、特定の団体、個人等特定の者に対するものであるか、したがつて、行政庁の公法上の行為の法律効果が、不特定の者の権利義務に及ぶか、特定の者の具体的な権利義務に及ぶかによつて定まる。かように、行政処分は、特定の者に対してなされる行政庁の公法上の行為で、これによつて、その特定の者の具体的な権利義務に法律上の効果を及ぼすものであるからこそ、立法行為と異なり、それ自体具体的事件となり、司法権による取消の対象となるのである。

以上のことを本件についてみるに、右政令第二百一号は、公務員たる身分を有する者に対してのみ適用されるものであるが、右政令は、同令施行当時の公務員のみならず、同令施行後公務員になる者に対しても適用されるものであるから、抽象的な不特定多数の公務員に適用されるものであつて、特定の者に適用されるものではない。すなわち、この政令は、その内容自体から明かなように、一般的かつ抽象的な規範であり、何等特定の者に対する具体的な権利義務を定めたものでないから、この政令の制定行為は、行政庁の処分ではなく、実質的意義に於ける立法行為である。したがつて、裁判所は、この政令の制定行為を取り消す権限を有しない。なお、この政令がたとい具体的な特定の目的をもつて制定せられたものとしても、行政処分でないことにかわりはないから、司法権による取消の対象とならない。

叙上の通りであるから、本訴は、裁判権に属しない事項について裁判を求める不適法な訴として、却下せらるべきである。と述べ、

なお、被告訴訟代理人の指定に関する原告等の主張に対し、

「国の利害に関係のある訴訟についての法務総裁の権限等に関する法律」第六条第二項に、「必要があると認めるとき」というのは、法務総裁が主観的に必要を認めれば足る趣旨であつて、いわゆる自由裁量に属するものである。かりに、訴訟代理人の指定について、その客観的必要性を要件とするとしても、本訴は、裁判権の有無という純粋の法律問題がその核心をなすものであつて、法務府は、政府における法務を統轄し、法律問題に関する政府の最高顧問的立場にあるのみならず、政令案の審議立案に関する事項をつかさどる権限を有し、前記政令第二百一号についてもその審議立案に関与した関係上、政令の合憲性が争われている本件について、法務総裁が所部の職員をして訴訟を実施させる客観的必要性がある。であるから法務府職員が被告代理人に指定せられていることは、何等違法ではない。と述べた。

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